#2 八木下農園(みかん本舗)・八木下敏雄さん・修平さん〜小田原の未来を切り開く技術と柔軟性

小田原市江之浦。太陽と海に囲まれたその景色は、子どものころの思い出のようなまぶしい魅力を放つ。そして実家のこたつで食べていたみかんも、私にとって思い出の懐かしい味だった。

江之浦にある「八木下農園(みかん本舗)」は、1850年ごろから続く歴史ある農家さんで、現在は親子3人で切り盛りしている。八木下農園が生産している何十種類もの柑橘は、一流の料理人たちがこぞって求めるほどの奥深い味。生産品を使ったジャムやジュースなどの加工品にも力を入れている。

(写真左:園主の八木下敏雄さん、写真右:八木下修平さん)

今回、八木下農園の八木下敏雄さん・修平さんにお話を伺うと、そこには柑橘と小田原の新しい可能性があった。おふたりのお話を聞いたあとは、みかんの味も小田原の景色も、もはや思い出とは思えない。八木下農園は、歴史とともに確かな技術を身につけた職人であると同時に、フロンティア精神で未来を切り開く先駆者なのだ。

美味しさの秘密は探求心

——まず、生産品のこだわりを教えてください。

敏雄さん: 八木下農園の果実は、甘いだけではなく、美味しいと感じる前に感動するような味を追求しています。そういう直感的な味は記憶に残ります。そのために香り、甘味、旨味、酸味のバランスを大事にしています。

有機由来の肥料にもこだわっていて、魚粕を発酵したアミノ酸肥料を使ってみたり、卵の殻の主成分のカルシウム・ミネラル肥料を使ってみたり、より味のバランスがよくなるように試行錯誤しています。

食べてもらったほうが早いですね。これは「かわだみかん」。かわだみかんは薄皮で、旨味成分が多いのが特徴。小田原の温州みかんの概念を変えていただけると思います。

——いただきます。…すごい美味しい!

敏雄さん: 食べたあとも旨味がずっと残るという美味しさを追求しました。

——具体的にはどのように追求したんですか?

敏雄さん: 毎年気候は変わるので、それに合わせて調整してみたり、新しい資材を試してみたり。とにかく質を追求して、少しずつ少しずつ変えています。

もうひとつどうぞ。これは「いしじみかん」です。

——いただきます。…甘くて美味しいです。こっちのほうが糖分が多い気がします。

敏雄さん: 12月はこの2つが旬ですね。

——ありがとうございます。次に、大変だったことや困ったことを教えてください。

敏雄さん: 大変なのは、鳥獣被害。サルやイノシシに大変困っています。もう深刻な被害で。何年間も行政や県に訴え続けた結果、昔50〜60頭いたサルの群れが今では4頭になったんです。当時は行政に訴えてもたらい回しで何度も挫けそうになりましたが、積み重ねでやっと今の状態まで改善したので、無駄ではなかったな。

ただ、今はイノシシがいて、実を食べられたり木を折られたりしています。これからもずっと野生動物との戦いは続くんだろうなと思います。

課題は小田原の柑橘のブランド力

敏雄さん: もうひとつ私たちが感じている課題は、小田原のみかんは歴史はあるんだけど、ブランド力が弱いこと。小田原といえば、かまぼこと干物と梅干し。柑橘のイメージはあまりないので、「最近の小田原は柑橘ブームだよね」と言ってもらえるように貢献していきたいと思っています。八木下農園のみかんは美味しいと思ってもらえるように試行錯誤を重ねて発信しているんだけど、もっと小田原全体のイメージをよくしていきたいですね。

——八木下農園さんは「美食のまち小田原」の取り組みや飲食店とのコラボを積極的にされていますが、そのような活動の中で意識してることはありますか?

敏雄さん: 小田原は東京や横浜などの消費地から近いので、鮮度のいい果実を供給することができます。繋がりのある企業様と協力して小田原の柑橘を発信していけたらと思います。

小田原市内での活動も大事ですが、「美食のまち小田原」を広めてくれるのは小田原の外の人たちだと思っています。小田原は観光地でもあるので、これからは世界に向けて発信していきたいと思っています。

柔軟性が生み出した加工品

——八木下農園さんはジュースやジャムなどの加工品にも力を入れていますが、加工品を作り始めたきっかけを教えてください。

敏雄さん: きっかけは、生の果実の需要が減ってきたことです。お客さんに興味を持ってもらうにはどうすればいいかを考えたら、生ものを買ってもらうのではなく、ジュースを飲んでもらったり、ジャムをパンにつけて食べてもらったり、加工品のほうが親しみやすいのではないかと思いました。

味はいいのに廃棄になってしまう果実も加工品として利用できますし。

——加工品のほうが生の果実より買うハードルは低そうですね。

敏雄さん: 一般的に、スーパーでは品種ごとではなく和歌山とか有田のように産地ごとに売られています。みかんにも品種があるのに、それが消費者に伝わりづらいから、興味を持ってもらいにくくなっているんだと思います。

八木下農園は生も加工品も品種ごとに販売しているので、「この品種の味は好みだな」「この時期はこの品種が食べられるんだな」と興味を持ってもらえたらと思っています。色々な食べ方で柑橘を知ってほしいですね。

——最近は青みかんの活用にも力を入れているとか。

敏雄さん: みかんがまだ青い時期に余分な実を落とす間引き作業をするんですが、落とした実もすごく香りがいいので、何かに使えないかなとずっと思っていました。そんなときに加工場さんから青みかんで加工品を作ろうという魅力的なお話があったんですが、コロナで止まっちゃって。でも、価値はあると思って、青みかんを使ったシロップのレシピをもらって作ったのがこれ。

色々な品種で青みかんのシロップを試しています。やっぱりどれも美味しいので、だんだん納品先が増えてきています。

——コロナのときはやっぱり大変でしたか?

敏雄さん: お客さんは来ないし、飲食店との取引もほとんど止まって、生の柑橘の需要がぐっと減りました。とりあえず賞味期限が長い加工品にして、人が出てくるのを待つしかありませんでした。でも、おうち時間でシロップを楽しめたという声もたくさんいただいて、コロナを境に、加工品の需要は増えましたね。

需要は毎年少しずつ変わるので、常にアンテナをはって、家族3人で情報を共有しながら、時代に応じた投資をしています。

分野を超えた新しい価値を創る

——修平さんは次の担い手としてどのような取り組みをされていますか?

修平さん: 色々な分野の起業家や経営者の方々との繋がりを作っています。AI、不動産、インフルエンサー、コスプレイヤーとか。農業をやっていたらまず出会えないような人たちと出会って、お話を聞いています。話を聞いてみると、意外と農業と関連性がある分野は多いです。自然環境の保全など、農業の多面的な機能が私たちの生活に繋がっています。若い世代の方々と農業がしやすい仕組みを作って盛り上げたいと思っています。

——飲食だけではなく、色々な分野から農業を広めようとしているんですね。

修平さん: はい。もちろん飲食店にも力を入れています。

加工品が充実してくるにつれて、飲食店様とお話しする機会が増えました。ただ売るだけではなく、お話を聞きながらこのお店にはこの味が合うなとか、こういう料理やドリンクにできるなという提案をしています。美味しいものはみんな好きじゃないですか。僕も食べるのは大好きなので、飲食店様と協力して美味しいものを作れるのは面白いですね。

——色々な使い方ができるのが柑橘の魅力ですよね。

修平さん: 前菜、メイン、ご飯もの、デザート、ドリンク、何にでも使えるのは大きな強みです。

畑を案内していただきました

敏雄さん: すぐそこに畑があるので、もしよければご案内します。

——ありがとうございます。ぜひお願いします!

敏雄さん: ここは9ヶ所ある畑のうちの1ヶ所なんだけど、2番目に大きな畑で、角度は一番急です。斜面だから、水はけがよくて太陽もよく当たる。上から当たる太陽の光、太陽が海に反射する光、石垣に反射する光、その3つの太陽があります。石を触ってもらうと温かいと思います。太陽が沈んだあとも、昼間温められた石が放熱して、うんと寒くはならないんです。

だから八木下農園の畑は小田原の中でも温暖で、美味しい柑橘が作れる。海の潮風がミネラルも運んできますし。

【青みかん】

これが青みかん。ちょっと爪をたててみて。香りがいいから。

——本当だ! 爽やかな香りがします。

敏雄さん: 青みかんのシロップも美味しいですが、マーマレードもすごく美味しいんですよ。

【レモン】

敏雄さん: これがレモンです。葉っぱをちょっと揉んでもらうと香りがします。

修平さん: 葉っぱもくださいという料理人の方もいますね。

敏雄さん: グリーンの実がだんだん黄色に変わっていくにつれて、酸味もマイルドになっていきます。普通の柑橘は5月ごろに花が咲いて実をつけるけど、レモンは四季咲き性で5月以外にも花が咲くんですね。

——本当だ。黄色いのは実が大きいですね。

修平さん: シンプルなレモンサワーでも他のレモンサワーとまた違う味がでると思います。

敏雄さん: ひとつ摘んでいいよ。レモンティーにでも使ってください。棘があるから気をつけてね。

——ありがとうございます!

【ベルガモット】

敏雄さん: これはベルガモットです。これも葉っぱを揉んで香りをかいでみてください。

——レモンとは全然違う。

敏雄さん: ベルガモットは香料として紅茶のアールグレイに使われています。果肉は苦いので、主に皮を使います。ベルガモットでも廃棄を減らすために数量限定でシロップを作ります。

それぞれが個性的な柑橘だから、加工に向いているんです。やっぱり6次化は常に考えていますね。

——それぞれの個性に合わせた加工品を作っていたら、現在の豊富なラインナップになったんですね。

敏雄さん: はい。時代は変わっていくので、満足しないで少しずつやり続けることを大事にしています。今回の取材も、ご縁があって若い世代の人と色々なお話ができて、一歩前進しているなと感じます。

——貴重な機会をいただけて嬉しいです。僕たちはまだ走り始めたばかりですが、八木下農園さんの姿勢を見習ってがんばります。

インスタグラムにも商品情報などが掲載されています。ぜひチェックしてみてください!

八木下農園(みかん本舗)|インスタグラム:
https://www.instagram.com/mikanhonpo.ya/

藤井 叶衣

藤井 叶衣

1999年生まれ、岡山県出身。映画・ドラマなどの最新エンタメ情報サイトで企画・編集・ライティングを経験し、会社を辞めて神奈川県小田原市へ移り住む。すべての映画と、ほとんどの音楽と、ほとんどの本と、すべてのお酒が好き。あとは、星が綺麗な冬の夜が好き。

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