忙しなく過ぎていく日々の中で、ふと昨日やり残したことを忘れさせ、明日のやるべきことも忘れさせ、今を生きているという幸せにスポットライトを当ててくれるものがある。私にとってそれは道端に咲く花であり、美しい音楽であり、たまに食べる甘いフルーツであり、お店で飲む美味しいお酒である。
小田原駅東口から徒歩3分。「調酒堂 bar lounge terrace」は、2021年11月にオープンしたバーラウンジだ。決まったメニューはなく、一人一人の好みに合わせてバーテンダーさんがお酒を作ってくれる。メニューがないとなると値段の不安もあるが、調酒堂には目安となる価格表が置いてあるので安心して注文できる。
名物は旬のフルーツをふんだんに使った独創的なフルーツカクテル。落ち着いたおしゃれな空間と、バーテンダーさんが作るフルーツカクテル、そして店主の齋藤さんの穏やかな口調は、ほのぼのと今を楽しむ余白を日常に与えてくれる。
一人一人に寄り添うバー
調酒堂という店名は、調剤薬局のようにお酒の調合をするという意味がある。お客さまの好みはもちろん、時間帯やお店に来た理由など、様々なことを考えながらお客さまにとってベストなカクテルを作るという齋藤さん。
「お客さまの飲みたいものに寄り添うことを一番大事にしています。落ち着いた空間と美味しいお酒を味わって、来たときよりもいい気持ちで帰っていただけたら嬉しいです」
お店の営業時間は、15時から24時。バーにしては随分早い時間から営業している理由は、様々なシチュエーションでお店を使ってほしいからだという。ランチのあとの0軒目から、仕事終わりの1軒目、飲み会後の2軒目、3軒目まで、幅広い用途で訪問することができる。
「テラス席もあるので、明るい時間から外で飲むと気持ちいいと思います」
もちろんノンアルコールのモクテルも大歓迎。お酒を飲まない人にもお酒を飲んでいるような感覚で一緒に楽しんでもらいたいと語る齋藤さん。訪れたすべての人に空間を楽しんでもらえるよう心がけている。そんな齋藤さんに、カクテルを作るときのこだわりを尋ねてみた。
「うちで使っているグラスは容量がかなり大きいんです。日本のクラシックのショートカクテルと比べると1.5倍から2倍くらいあるので、お客さまによって加水したりして、飲み疲れないような味わいを大事にしています」
さらに、調酒堂の代名詞とも言えるフルーツカクテルにもこだわりがあるようだ。
「やっぱり一番美味しい状態で届けたいので、フルーツは最大限に甘味がのっている状態で使うようにしています」
フルーツは使うタイミングを見極めて、一番美味しくなったときにここぞとばかりにふんだんに使う。また、季節を感じられるように少し先取りでフルーツを使うという齋藤さん。5月中旬の取材時は、スイカやプラムなどの夏のフルーツを準備しているとのこと。もうすぐ夏が来るわくわくを味覚から感じることができるのだ。
フルーツの使い方にこだわる齋藤さんは、バーテンダーとしてフルーツのどのようなところに魅力を感じているのだろうか。
「フルーツそのものが美味しいのはもちろんなんですが、お酒などのアクセントをほんの少し加えると、より魅力的な味わいになります。お酒とフルーツの両方が相乗的に美味しくなるのは、カクテル作りにおけるフルーツの大きな魅力ですね」
魔法のようなアートカクテル
お客さまの多くが注文するという齋藤さんのフルーツカクテルを実際に味わってみよう。
「今日あるフルーツは、スイカ、 アメリカンチェリー、果肉が赤いキウイ、美生柑。あとはトマト、ミョウガ、きゅうりなどの野菜もあります」
ミョウガ…? きゅうり…?
カクテルのイメージとは遠い食材だが、一体どのような姿に変身するのだろうと気になって、ミョウガを使ったカクテルを注文。さらに、今が旬だという美生柑のカクテルも。
「お待たせいたしました」
その言葉ですっと背筋が伸びる。作っていただいたのは、美生柑を使ったマルガリータと、ミョウガを使ったジンジンミュール。
マルガリータは、美生柑の爽やかな風味とテキーラのほどよい刺激が心地いい。塩はグラスの縁の半分だけにつけられていて、塩味を調節しながらゆっくりと楽しめる。
そして、ミョウガのジンジンミュールを一口飲んでびっくり! 主張の強い個性的な薬味も齋藤さんの手にかかれば思いのまま。ジンジンミュールの香ばしさをミョウガがしなやかに引き立てて、飲むごとに上品な爽快感が鼻を抜けていく。
「意外なものもたくさん組み合わせます。りんごと山椒とか」
独創的なカクテル作りが得意な齋藤さんは、パティシエやシェフなど、料理のプロからアイデアをもらうことも多いという。食べたときに一番最初に感じるその食材の特徴に合いそうな別の食材を、今までの経験から引っ張りだして組み合わせ、全く新しい味覚を生み出していく。
「美味しいものを食べに行ったり、いいサービスを受けたり。息抜きにもなるし、それが仕事にも活きる。自分に合った楽しい仕事です」
そんな話をしながらあっという間にグラスが空になったので、すぐに2杯目を注文。
「可愛らしい飾り付けのフルーツカクテルと、ラムベースのフルーツカクテルを」という注文で登場したのは、煎茶のジンとカルダモンとパッションフルーツを使ったアップルマティーニと、紅茶とキウイを合わせたダイキリ。
アップルマティーニは、ジューシーかつ爽やかで驚くほど飲みやすい。繊細な飾り付けでマティーニの気品も感じさせながら、こんなにもバラバラな材料がひとつのグラスに完璧な配分で収まっているのは不思議ですらある。
ダイキリには、ルビーレッドキウイという赤い果肉が特徴のキウイが使われていて、キウイの甘味と酸味の中にラムの風味を感じる。見た目も味も優雅な一杯だ。
柔らかい笑顔の店主・齋藤さん
柔らかい口調で取材に対応してくれた齋藤さんは、バーテンダー歴約14年。初めてバーに連れていってもらったときに「こんな世界があるんだ」と感動し、バーテンダーになることを決めたそうだ。
「最初はバーという空間が好きでした。そしてだんだんお酒も好きになっていきましたね」
そうしてバーテンダーのキャリアをスタートした齋藤さん。しかし、初めて勤めたバーは凄腕のバーテンダー揃い。入りたてで技術もなかった齋藤さんは「自分の強みはなんだろう」とたくさん悩んだという。
「自分は誰かに寄り添うことが得意だなって、気がついたタイミングがありました」
悩んだ末に見つけた答えが、「お客さまの飲みたいものに寄り添う」という調酒堂のコンセプトの原点になる。そして徐々にバーテンダーとしての技術も身につけていった齋藤さんは、もっとお酒のことを学びたいと考え、英語も喋れないままアイルランドに移住し約2年間修業。
「アイルランドで最初に勤めたお店は、お客さまがボトルを持ち込んでそれを使ってカクテルのコースを出していくという提案ベースのお店でした。それがすごく面白かったですね」
洋酒の文化が根付いた環境で、お酒を提案する力を身につけた齋藤さん。その経験が齋藤さんの強みを伸ばし、現在のスタイルを確立していった。
調酒堂オープン当時はコロナ禍だったにもかかわらず、穏やかさと情熱と胆力を併せ持つ齋藤さんの人柄に惹かれてか、以前勤めていたバーのお客さまや常連の方々が集まって、お店が暇になることはなかったという。最後に、そんな齋藤さんに今後の目標を伺った。
「ゆっくり時間を過ごしてもらえるような場を提供し続けられたらいいなと思いますね。お客さまにリラックスしてお酒を楽しんでもらえるように、これからも頑張ります!」
Information
調酒堂 bar lounge terrace
住所:神奈川県小田原市栄町2丁目8−38 中戸川ビル 3F
営業時間:15:00〜24:00
定休日:なし(不定休あり)
席数:20席(テラス席あり)
Instagram:https://www.instagram.com/choshudou_odawara/
予約・お問い合わせ:0465-20-6150