行ったことのないお店に行ってみること、1つの料理を突き詰めること、好きな料理をアレンジすること、気に入ったお店のメニューの食材を調べてみること。私たちのもっとも身近な冒険は、食の中にある。
そのことを実感できるかき氷屋さんが横浜市中区石川町にある「かき氷店 小桃」だ。小桃のかき氷は、それぞれがひとつの壮大な物語として提供される。こだわりの食材を使用し、最後まで楽しく食べられるように作られたかき氷は、多くの人を飽くなき冒険へと駆り立てる。

2022年1月のオープン以来、考え抜かれた斬新なメニューと店主・川井さんの人柄は多くの人を魅了し、毎日行列ができるほどの人気店となった。客層はリピーターが8〜9割。小桃はどのようにしてファンに愛されるお店になったのだろうか。その理由を探ってみよう。
発掘するという楽しみ方

小桃のコンセプトは「一口ごとに、大切なひととき」。1つのかき氷の中に味や香り、食感の変化を作り、食べ進めるごとにわくわくするようなメニュー作りを心がけている。底の方で突然がらっと味が変わるものもあるという。
「“発掘系かき氷”って勝手に呼んでいるんですけど、掘り進めていく楽しさやわくわく感をどのかき氷にも盛り込んでいます。1番人気のもろこしくんは、コーンポタージュのような優しい甘さが特徴のとうもろこしのかき氷なんですけど、底にバター醤油のシロップが入っていて、最後にガツンとくるように作っています」

そんな小桃のかき氷をより楽しむ秘訣は、かき氷の解剖図が描かれたメニュー表を見ながら食べることだ。掘り当てた食材を解剖図で探したり、解剖図を見て目的地を定めて掘り進めたり。川井さんの手描きの解剖図は、かき氷を食べるための地図の役割を果たしてくれる。

「1人でいらっしゃる方も、メニュー表と一緒に楽しんで食べてくださっているみたいです。描くのが大変なので一時期やめるか悩んだんですけど、喜んで見てくれる方が多いので頑張って作っています!(笑)」
こだわりの食材を使ったかき氷

小桃のこだわりは、旬の食材や国産の食材を使うこと。看板メニューの小桃ちゃん(いちごのかき氷)に使われているいちごは、熊本県のあまおうを農協から直接仕入れている。
「いちごのかき氷は通年出したかったので、美味しい国産のいちごを一年中安定して仕入れられるところを探しました」

そんな看板メニューの小桃ちゃんと、限定メニューの梅・桃・桜をいただくことに。
お花のあんが乗った可愛らしい小桃ちゃん。いちごシロップと練乳の甘い味は、かき氷らしさを感じる。と思いきや中からプリンが出てきてびっくり。シロップと練乳とミルクが何層にも重なって、ボリューミーなかき氷も飽きることなくペロリと食べてしまう。


梅・桃・桜は、梅の最高級ブランドである南高梅を甜菜糖だけで漬け込んだ贅沢な梅シロップに、桃の食感を堪能できるジュレが加わり、大人の甘さを醸し出す。夏にぴったりの爽やかで甘いかき氷だ。


数多くの独創的なかき氷を生み出してきた川井さんに人気のメニューを聞いてみた。
「初めての方は、小桃ちゃんや抹茶マスカルポーネを選ぶことが多いですね。リピーターが多いのはオレンジ香る塩キャラメル。ハマっちゃう人が多いみたいです。塩チョコマカダミアとキャロットコーリ(キャロットケーキ風のかき氷)ともろこしくんは大人気です。その場でおかわりする人もいますね」

そのほかにも、もろこしくんのように意外性で人を惹きつけるかき氷はたくさんある。Chaiチャイナ(チャイの中華風かき氷)の底にはラムレーズンのシロップが入っていて、最後にラム酒の香りが立ちあがる。あいあいゴマ(黒ゴマと白ゴマのかき氷)の底にはみたらしのシロップが入っていて、締めに醤油の旨味を楽しむことができる。
クリスマスっぽいかき氷(チョコレートとピスタチオのかき氷)はルビーチョコレートを使った珍しいかき氷で、クリスマスリースのような可愛らしい見た目が大人気。限定メニューは現在、2週間に2個というハイペースで更新されている。
「大変ですが、使いたい食材がたくさんあるんです。旬や期限があるので、入れ替わりが激しめです(笑)」
店主・川井さんの冒険

小桃をオープンする以前、ゴーラー(かき氷愛好家の呼称)の友人と横浜散策をすることになった川井さん。かき氷屋さんに連れていってほしいと頼んだところ、横浜にかき氷屋さんはないという返事がかえってきた。
「横浜にはこんなにたくさんのお店があるのに、かき氷屋さんはないというのが衝撃で。私みたいにかき氷を食べたい人はきっといっぱいいるだろうし、横浜にかき氷屋さんがあったらみんな嬉しいだろうな〜と思ったのがきっかけです」

経営のリスクを抑えるために、まずは間借り営業をすることに。横浜にある馬肉料理屋さんの営業時間外に店舗を使わせてもらいかき氷屋さんを始めたところ、夏の時期だったこともあり、毎日行列ができるほどの人気を集めた。馬肉料理屋のオーナーさんと相談した結果、間借り営業は2ヶ月で終了することになったが、それを惜しむ声が後を絶たなかった。
「またやってほしいとたくさんの方に言われました。経営なんて考えたことがなかったんですが、こんなにたくさんの方が楽しみにしているんだったらやらなきゃなって思って」

間借り営業で実績と経験を積んだ川井さんは、期待の声に応えて現在の店舗をオープン。当初は経営もかき氷作りも未経験だったにも関わらず、小桃は行列のできる人気店となり、川井さんはレシピ本の出版まで果たした。客層はリピーターが8〜9割。初めてのお客さんが増える夏場でも7〜8割を占める。多くの人が小桃のかき氷の物語に夢中になっているのだ。

小桃の印象的なメニューのひとつに、ブルチブラザーズがある。ポテブルチ(ポテトとブルーチーズのかき氷)が兄で、アボブルチ(アボカドとブルーチーズのかき氷)が弟。兄はお人好しで、弟はクールなキャラクターだ。
「最初にブルーチーズのかき氷を作るとき、ポテトとアボカドを使ったかき氷を試作しました。ポテトだけ商品化しようとしたんですが、アボカドも食べたいという声をいただいて、両方同時に出したんですよ。そのときに、ブルチブラザーズっていうのいいなと思って。なんか、急に思いついたんです(笑)」

さらにその後、かきブルチ(柿とブルーチーズのかき氷)が妹として登場。その後もブルチシリーズは続々と増えていった。フィグブルチ(いちじくとブルーチーズのかき氷)はブラザーズの優しい母。ブルブルチ(ブルーベリーとブルーチーズのかき氷)は船乗りの父。フランスに住むおばさんはラフラブルチ、いとこはりんごブルチ、近所の子どもはかぼちゃブルチだ。
「近所の子どものかぼちゃブルチは、妹のかきブルチが学校の帰りに出会う子です。子猫が鳴いているのを2人で一緒に見守っていると母猫が現れて、子猫が嬉しそうに帰っていく。そのときちょうど近所の子どものお母さんの呼ぶ声がして、一緒に帰っていくというストーリーを、妄想で考えています(笑)」

ブルチシリーズを進めていくにつれて、かき氷の家系図を作ってくれるお客さんや、別のストーリーを作ってくれるお客さんも現れた。
川井さんの冒険は、お客さんも一緒に巻き込んでいくスタイル。かき氷ひとつひとつの物語、川井さんの物語、お客さんの物語が、かき氷の層のように重なり合い、ファンから愛される唯一無二のお店が横浜に誕生したのだ。

Information
かき氷店 小桃
住所:神奈川県横浜市中区石川町2-78-10 ビーカーサ石川町 102
営業時間:11:00〜16:00(ラストオーダー15:30)
定休日:月曜日・木曜日
席数:8席
Instagram:https://www.instagram.com/komomo_kakigori/
お問い合わせ:045-263-8823