#4 ベーグルカンパニー・茶野佐知子さん〜ベーグルは農家と消費者と地域を繋ぐ歯車〜

味と匂いと食感、そして顔と言葉。五感の全てを使って生産者の人柄を想像しながら食べるベーグルは、お腹だけでなく心も満たしてくれる。

小田急線・向ヶ丘遊園駅から徒歩3分。川崎市多摩区にある人気店「ベーグルカンパニー」では、川崎で作られた旬の野菜や果物を使ったもちもちのベーグルを楽しむことができる。店主の茶野佐知子さんはブログやインスタグラムを毎営業日更新していて、ベーグルに使われている食材の生産者を写真と文章で丁寧に紹介している。

実は、これからの〜と編集長・内山恵太の祖父母が作ったりんごも使っていただいたことがあり、そのときも茶野さんのおかげで大きな反響をいただいた。大学生時代の編集長がマルシェを開いていたときも、地域の一員として積極的に協力してくれた恩人でもある。

(祖父母のりんごを使ったアップルシナモンクリームチーズサンド)

そんな茶野さんはどのような想いで農家さんのこだわりの食材をベーグルにしているのだろうか。開店当時のお話や地元の食材にこだわる理由、原動力などをじっくりと伺った。

素材の味を知った幼少期

——まずは茶野さんのルーツについてお伺いします。ベーグル屋さんを開こうと思ったきっかけを教えてください。

小学生のときに父の仕事の関係でアラスカに住んでいて、けっこうワイルドな生活をしていました。1時間かけて氷河の氷をとりに行ったり、自分たちで鮭を捕まえてイクラを食べたり。そのときの素材そのものを楽しむ経験は、関係しているかも。

——アラスカに住んでいたんですね!

うん。食のこだわりに関しては両親の教育ポリシーが影響していると思います。アラスカに住む前から、家でも幼稚園でも手作りのものしか食べなかったんです。物心ついたころからお母さんと一緒にクッキーを焼いたりパンを作ったりしていて、父親も食べるのが好きだったから世界の珍しい食べ物を買ってきてくれていました。

それで、大学生のときにおしゃれなケーキ屋さんに憧れて、パティシエを目指していました。そのときは本格的なお菓子やケーキを作っていたんだけど、一周回ってやっぱり無添加やオーガニックなものっていいなと思うようになって。やっぱり私は技術で美味しくするよりも、素材で美味しくするような料理が好きなんだと気づいたんです。

——ベーグルカンパニーは素材本来の味を活かした商品が多いイメージです。

ありがとうございます! 大学卒業後は航空会社に就職しました。父が航空会社で働いていたこともあって、海外が好きだったから。それで、世界中の色々な料理を食べるうちに、自分でも再現したくなっちゃって。お菓子とかパンを自分で作って、会社の人に配っていました。会社の人がだんだん美味しいと言ってくれるようになって嬉しかったのが、お店を開きたいと思った最初のきっかけかな。

ベーグルにたどり着くまで

——数あるパンの中でどうしてベーグルを選んだんですか?

ベーグルはね、ニューヨークに行ったときに食べたんです。朝靄が立つ高層ビルの街で、ニューヨーカーたちがネクタイを締めて出かける。そして大きくて丸くてヘルシーなベーグルをコーヒーと一緒に食べる。その雰囲気がすごく素敵で、日本に帰ってきてそのベーグルを再現しました。

一般的なベーグルは、発酵時間が短いんだよね。だから初心者でも作りやすい。それで、自分で作っているうちに、もちもちさせるにはどうしたらいいかとか、何をサンドしたらいいかとか、自分の技術でコントロールできるようになってきて。10年ぐらい航空会社で働きながら調理学校の授業も通っていたんだけど、もっとパンのことを専門的に勉強したいと思って、会社を辞めてすごくレベルの高いパン学校に行ったんです。

——そうだったんですね! 会社を辞めてまでパン学校に行った理由は?

趣味でパンを作って会社の人に美味しいと言ってもらっても、お金を払ってまで食べたいかというとまた違う話じゃない。本当に上達したいなら、タダじゃなくてお金をもらえるようにならなきゃいけないなと思って。

パン学校で色々なことを学んだんだけど、いくら美味しいパンが焼けても店として成功するのはまた別の問題なのかなと思いました。色々なパンを出す普通のパン屋さんじゃなくて、ひとつのパンに特化したほうがいいと思ったんです。それで、ニューヨークが好きだったから、アメリカンな雰囲気があるベーグルに決めました。

農家さんと連携する秘訣

——最初にお店をやり始めたときのラインナップはどんな感じでしたか?

最初のラインナップはベーシックなものを10種類くらい売っていました。最初はやっぱり売れたんだけど、新作を出してもあまり売れなくなるようになってきちゃって。そんなときに、実家でとれた果物を使ってベーグルを作ってみたら、お客さんからの評判がよかったんですよね。

——それが川崎の農家さんの食材を使うようになったきっかけですか?

うん。季節を感じるようなオリジナルの商品でお客さんが喜んでくれることがわかって、実家でとれたものを使ってベーグルを作るようになったんだけど、あるときにのらぼうの普及活動をしている方に声をかけていただいて、初めて農家さんに会いに行きました。それがきっかけで、紹介してもらったりイベントで知り合ったりした農家さんの食材も使わせていただくようになりました。

——農家さんとのやりとりで困ったことはありますか?

どんなに使いたい食材でも、ネックになるのは配送の問題。食材を配達してくれる農家さんと、配達できない農家さんがいます。配達できない農家さんの食材もできるだけ私が取りに行くんだけど、長期になるときつくて続かないんです。飲食店の人がいい食材を使いたいから毎回時間をかけて取りに行くのでは、やっぱり体力に限界が来てしまうんですよね。

——たしかに、配送は時間も体力も奪われてしまいますよね。逆に、農家さんのために心がけていることはありますか?

私が気をつけているのは、農家さんの食材を農家さんの言い値で買うこと。尊敬している和菓子屋の女将さんに教わったことなんだけどね。農家さんに安くしてって頼んでしまうと、配送の問題と同じで長続きしないんです。農家さんの収入が下がるようなことはしないように気をつけています。

あとは、お客さんがそれを理解してくれるかどうか。地元の農家さんの新鮮な食材を使っているから値段は高くなるけど、でもその分美味しい。それに価値を見出して買ってくれるお客さんがいないと、このサイクルは回らないんです。価格ではなく価値で比較して買ってくれるお客さんは本当に大事な存在だなとしみじみ思っていますね。

「価値を伝える」という地域活性

——茶野さんはインスタグラムやブログを毎営業日更新されていて、僕の祖父母のりんごを使った商品を出してくれたときも、僕や祖父母のエピソードをたくさん紹介してくれました。それもお客さんに価値を伝えるためですか?

うん。りんごの特徴や内山くんの人柄や内山くんのおじいちゃんが抱えている課題は、伝えようとしないとお客さんには分からないじゃない。

和菓子屋の女将さんに誘われて行った経営の勉強会で、「価値は伝わらなければないのも同じだ」と教わりました。伝えようという気持ちだけではなく、伝わって初めて価値が生まれて、お客さんの消費行動に繋がる。やっぱり伝える努力は必要なんですよね。だからインスタグラムやブログはきちんと更新したり、農家さんの紹介記事を書いたりしています。農家さんも悪い気持ちにはならないと思うし、もしかしたら記事を読んでその農家さんの野菜をわざわざ買いに行ってくれる人もいるかもしれないから。

——僕も祖父母も紹介していただいてすごく嬉しかったです。

目標は、サイクルをきちんと回すこと。農家さんたちはベーグルカンパニーに食材を提供することを嬉しく思ってくれる。私たちは旬の食材や地元の食材を使ったオリジナルの商品を作る。お客さんはそういう商品を買いに来ることを楽しんでくれる。その3つがうまく回って、地域の雰囲気がよくなって、「向ヶ丘遊園にベーグルカンパニーがあってよかった」「地域の役に立ってくれている」と言ってもらえるようにしたい。そういう四方よしのサイクルを回すというのが私の目標です。

——地域全体のことまで考えているんですね。

もちろん売上がなければ続けていけない。でも、売上と同じぐらい大事なのは、私やスタッフが「誰かの役に立っている」と感じることだと思います。そういうのがあるとやっぱり頑張れるじゃん。結局は、関わった人たちがみんなハッピーになれるようにしたいんですよね。

人と繋がることの大切さ

——僕も農業を軸に色々な人をハッピーにできたらいいなと思っています。未知の分野なので手探りですが、まずは会いたい人に会ってお話を聞くことを大切にしています。

うん。やっぱり人の縁ってすごく大事だと思います。私もお店の経営とかで迷うときがあるんだけど、迷いながらでも真面目にやるべきことをやって、周りの人とも気持ちよく接していたら、どこかのタイミングで助けてくれる人が現れるんですよね。内山くんも取材やプライベートで色々な人に会っていると思うけど、点でしかなかったそれぞれの関係が線で繋がる瞬間が来るはず。

——とても励みになります…!

私がベーグルカンパニーを始める前、ここは違うベーグル屋さんだったんです。私はそこにスタッフとして入ったんだけど、面接のときにオーナーが「しばらくしたらお店を辞めてテナントを売りに出そうと思っている」と話してくれて。そのときに「じゃあ私が買い取ります」と言って、ここでお店を始めることになったんですよね。

それまで私はずっとテナントを探していたんだけど、なかなかいいテナントがなくて困っていたんです。とりあえずパン生地に触れないといけないから、一旦パン屋さんでスタッフとして働こうと思って。それでたまたま入ったお店のオーナーがその場所を手放すタイミングで、機材も全部買い取ることができた。スタッフとして入った2ヶ月後には自分のお店としてオープンしていました。

——そうだったんですね!

振り返ってみると、ただの偶然ではなかったんだろうなと思います。テナントが見つからないときは、会社を辞めてまで夢を追いかけたのにまだパン屋さんになれていない自分が嫌になることもあったんだけど、悶々とした時期を長く経験したあとにそういうご縁があったから。もがいているときにふと新しい景色が見えるタイミングはあると思う。

ブログも始めたばかりのときは全く反応がなくて、心が折れそうになったときもあったけど、365日更新するというのを数年間続けたんです。そうしたら、ブログを読んで買いに来てくれる人や、毎日読んでますと言ってくれる人が出てきて。毎日更新していなければこうはならなかったかもしれないし、続けてよかったなと思います。

——続けたら何かあるだろうと信じることも大事ですよね。

本当にそうだと思う。諦めたら終わりだし、何かのタイミングで今までの経験が繋がることもある。人との繋がりは大事だから、色々な人に話を聞くのもすごくいいと思います。農業をみんなが憧れる職業にしたいというのは素敵な夢なので、農業の大変なところも、その先にある喜びもたくさん伝えてくださいね。

——ありがとうございます。僕が農家として独立したら、生産品を使ってベーグルを作っていただきたいです!

旬の食材を使った商品の情報はホームページやSNSから。ブログもぜひ読んでみてください!

ベーグルカンパニー|ホームページ:
https://bagelcompany.jp/

ベーグルカンパニー|インスタグラム:
https://www.instagram.com/bagelcompany/

藤井 叶衣

藤井 叶衣

1999年生まれ、岡山県出身。映画・ドラマなどの最新エンタメ情報サイトで企画・編集・ライティングを経験し、会社を辞めて神奈川県小田原市へ移り住む。すべての映画と、ほとんどの音楽と、ほとんどの本と、すべてのお酒が好き。あとは、星が綺麗な冬の夜が好き。